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アール・ヌーヴォーとは?代表的な作家や作品も紹介【5分で美術用語】

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  • アール・ヌーヴォーについて簡単に知りたい
  • アール・ヌーヴォーが登場した背景が知りたい
  • アール・ヌーヴォーの代表的な画家や作品を知りたい

上記のようなお悩みについてお答えします。

美術史にはさまざまな用語が登場しますが、そのなかに「アール・ヌーヴォー」というものがあります。

絵画だけでなく、建築や工芸などの分野で使われる用語のため、見聞きしたことがある人も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、アール・ヌーヴォーについてわかりやすく解説します。

この記事を読むことでアール・ヌーヴォーの理解が深まり、アートをより一層楽しめるようになります。

目次

アール・ヌーヴォーとは

アール・ヌーヴォーとはフランス語で「新しい芸術」を意味しています。

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に起こり、世界中に広がった美術運動です。

産業革命によって大量生産された粗悪な製品に対し、「芸術性を取り戻そう」とイギリスで起きた「アーツ・アンド・クラフツ運動」が起点となりました。

それまで工芸は芸術として見られていませんでしたが、アール・ヌーヴォーは古典的な考えを否定し、家具や食器、建築、商業用ポスターなど総合芸術に発展します。

芸術品と実用品の垣根を超えた新しい様式のアール・ヌーヴォーは、日本の浮世絵や工芸品などの「ジョポニスム」の影響が見られます。

アール・ヌーヴォーの特徴

アール・ヌーヴォーには、以下のような特徴があります。

  • 直物や昆虫など自然のものをモチーフにしている
  • 曲線や曲面を用いて装飾的に表現をしている
  • 鉄やガラスなどの新しい素材を使用している

絵画や彫刻だけでなく、家具や食器などの身のまわりのすべてが芸術の対象になりました。

ルネ・ラリック, Public domain, via Wikimedia Commons

花や昆虫など自然界のものに芸術性を見出し、さまざまなものと組み合わせて装飾的にデザインされています。

ヘンリー・タウンゼント, Public domain, via Wikimedia Commons

また、当時の新しい素材であった「鉄」は曲線的な表現をするのに適しており、建築物やインテリアなどに使用されました。

ガラスなどの素材とも組み合わせ、職人の熟練された技術によって新しい表現が生まれていきました。

アール・ヌーヴォーの代表的な画家や作品

アール・ヌーヴォーは絵画だけでなく、建築や工芸などの総合芸術のため、多くの芸術家や職人が活躍しました。

代表的な作家に以下のような人物がいます。

  • アントニオ・ガウディ
  • エクトール・ギマール
  • エミール・ガレ
  • ルネ・ラリック
  • オーブリー・ビアズリー
  • ジョルジュ・ド・フール

こちらでは、絵画やグラフィックアートなどで活躍した画家と作品を紹介します。

アルフォンス・ミュシャ

「ジスモンダ」ポスター(1894年)
アルフォンス・ミュシャ, Public domain, via Wikimedia Commons

アール・ヌーヴォーを代表するチェコ出身の画家です。

「ジスモンダ」は、フランスの人気舞台女優サラ・ベルナールを描いたものです。

年の瀬に急遽ポスターが必要になったサラでしたが、里帰りなどでパリに画家がおらず、飛び込んだ印刷所にいたのがミュシャだったのです。

たまたま受けた依頼でしたが、発表するとたちまち大評判となり、ミュシャは一夜にして時代の寵児となりました。

これを機にサラ・ベルナールのポスターを数多く制作しています。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック

「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」( 1891年)
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック, Public domain, via Wikimedia Commons

ロートレックは南フランスの伯爵家であった名家に生まれます。

幼少期に脚を骨折し、発達障害を患ってしまったことをきっかけに父親から疎まれるようになります。

いくつかの画塾で絵を学び、フェルナン・コルモンの画塾ではファン・ゴッホやエミール・ベルナールと出会っています。

身体障害者として差別を受けていたことも影響し、パリのムーラン・ルージュをはじめとしたダンスホール、酒場などに入り浸るようになりました。

酒に溺れながら、自分と同じようにマイノリティとして生きる彼女たちの姿を愛情を持って描きました。

グスタフ・クリムト

「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」(1907年)
グスタフ・クリムト, Public domain, via Wikimedia Commons

クリムトは象徴主義やアール・ヌーヴォーとして活躍したオーストリアの画家です。

1897年、保守的なクンストラーハウス(美術家組合)に反発し、クリムトを中心にウィーン分離派を結成します。

クリムトは生涯独身でしたが、多くのモデルと愛人関係にあり、愛や死が感じられる官能的な作品を数多く描きました。

また、構図や金箔など、随所にジョポニスムの影響が見受けられます。

ウィーン分離派については、こちらの記事でまとめています。

まとめ

今回は、アール・ヌーヴォーについて紹介しました。

これまでの芸術に加えて、生活にまつわるすべてが芸術の対象となりました。

熟練された職人の技術が、工芸品に芸術性を与えたのも特徴です。

また、日本の浮世絵がグラフィックデザインなどに影響を与えており、逆輸入するような形で日本にもアール・ヌーヴォーの様式が起こります。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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この記事を書いた人

40代で会社を辞め、画家として活動しています。

主にアクリル絵の具を使い、独学で10年以上描いています。

年齢や経歴に関係なく「絵を描いて暮らしていきたい」という人に向けて、画家になるためのヒントや販売の仕組みなど、お役に立てる情報を発信します。

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