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浮世絵とは?代表的な作家や作品も紹介【5分でわかる美術用語】

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  • 浮世絵について簡単に知りたい
  • 浮世絵が登場した背景が知りたい
  • 浮世絵の代表的な作家を知りたい

上記のようなお悩みについてお答えします。

日本の浮世絵は、ジャポニスムとして西洋の画家たちに大きな影響を与えています。

そもそも浮世絵とはどのように生まれて、海の向こうの画家たちへどういった影響を与えたのでしょうか。

そこで今回は、浮世絵についてわかりやすく解説します。

この記事を読むことで浮世絵の理解が深まり、アートをより一層楽しめるようになります。

目次

浮世絵とは

浮世絵とは、1600年代の江戸時代から大正にかけて庶民の風俗を描いた絵画様式です。

絵師の菱川師宣(ひしかわ もろのぶ)が、挿絵を1枚の絵画として制作したのが浮世絵の起点といわれています。

そのため、菱川師宣はしばしば「浮世絵の祖」と呼ばれます。

浮世絵は現代でいうところのポスターやマンガのようなもので、大衆に身近な役者や美しい女性が描かれました。

絵画を支配階級だけでなく、庶民が楽しんでいた日本は、世界的に見ても非常に早かったといえます。

庶民が楽しめた理由には、江戸時代に木版画の技術が向上したことで大量に刷れるようになり、そば一杯程度の安価な値段で販売できたからです。

なお、浮世絵の「浮世」の由来は「憂き世」からきています。

戦乱の時代が続き、人々はこの世をつらいことの多い「憂き世」と憂いていましたが、江戸時代に入ると世の中が少しずつ落ち着いてきます。

これまでの遁世的な思想の反発もあり、つらい世でも「浮かれて暮らそう」「この世を謳歌しよう」という意味合いで「浮世」という字を当てたといわれています。

浮世絵の歴史と特徴

浮世絵には主に、肉筆画木版画があります。

肉筆画は絵師が1枚ずつ手で描く浮世絵で、とても高価なものでした。

支配階級などの富裕層が絵師に依頼して描かれるのが一般的で、庶民が手にすることはまずありません。

一方、木版画は絵師が描いた絵を彫って刷り上げる浮世絵です。

一度木版を作ってしまえば、同じ絵を何枚も複製できるのが大きな利点です。

江戸初期の木版画は墨一色で刷られるものが中心でしたが、版画技術の向上で多くの色が使えるようになっていきます。

また、「絵師」「彫師」「摺師」と分業することで大量制作が可能になり、大衆向けの絵画として歌舞伎役者の似顔絵や江戸の美人女性、風景画が流行しました。

浮世絵の海外への影響

江戸時代に誕生した浮世絵は、ジャポニスムとしてヨーロッパの画家たちに広まりました。

それまで神話や宗教などの伝統的な題材や写実的な技法が主流であったヨーロッパの画家たちは、浮世絵の自由な発想に衝撃を受けました。

浮世絵の鮮やかな色彩やモチーフをデフォルメした構図は、ヨーロッパの絵画では見たことのない表現だったのです。

1867年に開催されたパリの万国博覧会にて日本の浮世絵は大きな反響を呼び、ジャポニスムが流行します。

ゴッホやモネなど、多くの画家の作品に浮世絵の影響が見られます。

「タンギー爺さん」(1887年)
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ, Public domain, via Wikimedia Commons

浮世絵の代表的な作家や作品

浮世絵の代表的な作家や作品について紹介します。

菱川師宣

「見返美人図」(17世紀後半)
菱川師宣, Public domain, via Wikimedia Commons

師宣は浮世絵を確立した絵師として、「浮世絵の祖」と呼ばれています。

それまで本の挿絵でしかなかった浮世絵版画を、1枚の絵画作品にしたことで浮世絵は始まりました。

「見返美人図」は師宣の代表作のひとつで、世界的にも有名な肉筆画です。

葛飾北斎

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「冨嶽三十六景 駿州江尻」(1831-35年頃)
葛飾北斎, Public domain, via Wikimedia Commons

葛飾北斎は「冨嶽三十六景」や「北斎漫画」を描いた、世界的にも著名な浮世絵師です。

絵画研究に熱心な絵師で、あらゆるものを描写しようとしました。

また、頻繁に改号し、90回以上も転居を繰り返していたことも有名です。

金に無頓着で貧困に苦しんだり、外国人や歌舞伎役者などとトラブルを起こしたり問題の多い人物でしたが、絵にだけは最期まで誠実に向き合い続けました。

東洲斎写楽

「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」(1794年)
写楽, Public domain, via Wikimedia Commons

日本人に著名な写楽ですが、江戸中期の浮世絵師という以外、謎の多い人物です。

約10ヵ月という短い期間(寛政6年5月から7年1月)に役者絵などの作品を残し、突如姿を消しました。

デフォルメされた大胆なポーズや表情など、写楽の描いたユニークな浮世絵は強烈な印象を残しています。

写楽の正体は、当時の八丁堀に住む能役者の斎藤十郎兵衛という説が有力と見られています。

まとめ

今回は、浮世絵について紹介しました。

浮世絵は、当時の風俗を描いた庶民が楽しんでいた絵画です。

江戸時代に木版画が向上したことで大量生産が可能になり、大衆文化として広がりました。

浮世絵の色彩や構図は、ジャポニスムとしてヨーロッパの多くの画家たちに衝撃を与えています。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。

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この記事を書いた人

40代で会社を辞め、画家として活動しています。

主にアクリル絵の具を使い、独学で10年以上描いています。

年齢や経歴に関係なく「絵を描いて暮らしていきたい」という人に向けて、画家になるためのヒントや販売の仕組みなど、お役に立てる情報を発信します。

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